関東大震災の発生から明日で100年。
倒壊家屋は約37万棟。死者・行方不明者は約10万人に及びました。特に人的被害が大きかったのが東京市の陸軍被服廠跡地(現在の墨田区横網)。近隣の被災者が家財道具を積んだ荷車と共に殺到したため、その荷車に火が移り多くの方が焼死しました。その地には現在、東京都慰霊堂が建てられ、約5万8千体の遺骨が納められ慰霊されています。
私はその東京都慰霊堂のすぐ近くの中学校に通っていたので、当時から関東大震災関連の話をいろいろ聞いていましたが、そのなかにはマスメディアがあまり伝えない驚愕の事件がありました。
それは震災後のデマをきっかけに関東各地(長野県を含む)で起きた朝鮮人虐殺事件。軍隊・官憲や民衆が、大勢の朝鮮人(当時は彼らも日本人なので朝鮮半島出身者)や彼らと間違えた中国人や日本人を虐殺。当時の時代背景や震災後の不安心理、情報伝達手段の稚拙さなど様々な遠因はあったでしょうが、決して繰り返してはならない恥ずべき歴史です。
その後の都市計画や建築基準法の整備によって、道路幅拡張や建物の耐震・耐火性能は進みましたが、残る課題は私たちの心構えです。具体的には、
- 首都圏は被災人数が多すぎてすぐには助けが来ない事実。(=備蓄食糧や2次避難先等は自己責任で用意する。)
- 災害発生の都度氾濫するデマ情報。(=出所不明な情報は信じず拡散せず、一次情報の入手を心がける。冷静な行動に徹し、決して略奪や殺傷を行わない。)
私たちが住む日本列島では、地震や津波など自然災害は避けられません。大切なのは私たち自身の防災意識と日頃の備え。被災の大きさによってどう行動するのかを家族で話し合い準備しておきましょう。